152 元起きしたネックの指板を削って改善する(Martin / D-28)
大事なお話ですし、ちょっと難しい内容でもありますので、今回は長文になります。
皆さまは「ネックの元起き」という言葉をご存知でしょうか?
ギターのコンディションを評価するチェックポイントの中でも、弦高やネックの反り、ブリッジやサドル周りの状態に次いで、お客様からご質問を頂く機会が多いのが「ネックは元起きしていませんか?」ということです。
ここで重要になるのが、元起きの傾向があったとしても、演奏上の問題となり得るか否かの判断です。
元起きのような見た目でも、適正な弦高が得られており、ハイフレットの音詰まりも無いなら、何も問題は無いと判断できます。不揃いな形の野菜でも味は変わらないので、カットして調理してしまえば同じ、ということです。
しかし、お問い合わせを頂くお客様の中には、元起きという言葉を過度に警戒される方もおられ、「少しでも元起きしていたら、使いものにならない不良品である。」「元起きを直すには、ネックを外して角度をリセットするしかない。」というお話をされたこともあります。
ネックの元起きにも様々な原因と症状がありますし、それに対応する改善方法もいくつか考えられます。また、そのほとんどが、ネックリセットが必要なほどの重篤な症状ではなく、私の感覚的では、元起きのご相談を頂いた件数のうち1~3%もありません。
軽度な元起きの症状であっても、ネックリセットによる修理を提案されるリペアショップもあると聞きます。その場合は工賃も高くつくでしょうから、元起きという言葉が特に悪いものとして広まってしまったのかもしれません。
もし、お使いのギターが元起きと診断されて、ネックリセットが必要だと言われた方がおられましたら、症状を正しく理解して頂くことで、無用な不安や出費を避けられる可能性もございますので、セカンドオピニオンとしてこの記事を書かせて頂きます。
前置きが長くなってしまいましたが、ここららが本題です。
ネックの元起きとは、どのような状態を指すのかを解説します。
上の図はネックとボディのジョイント部付近を横から見ています。このギターのように指板面がずっと真っ直ぐに続くのが通常ですが、14フレット以降の指板が赤いラインのように上り坂になっている状態が元起きです。元起きのままでサドルを低くして弦高を下げようとすると、弦がフレットに接触しやすく、音詰まりやビビリの原因になります。
つまり、元起きの何が問題なのかというと、もっと弦高を下げたいと考えた時に邪魔になることです。
次に、元起きが生じる原因をご説明します。
第一の原因は、14フレットを境に指板を支える土台の剛性が異なる点です。14フレットまではネックと指板が一体となり高い剛性が確保されているのに対して、14フレット以降はトップの上に指板が乗っているだけなので格段に剛性が落ちます。
第二の原因は木材の乾燥による縮みです。ネックとボディの接合部には、ネックヒールやネックブロックといった木材の大きな塊があります。時間をかけてこの木材が乾燥して縮むと、縮んだ分だけ14フレット付近の指板を沈み込ませようとする力となり作用します。そして、14フレット以降の剛性が足りない指板がその影響を受けやすく、14フレット側が下がろうとする分だけ、最終フレット側が持ち上がろうとします。これで元起きの状態が完成します。
他にも原因として考えられるのは、ネックジョイント自体の工作精度の低さや、接着の強度不足などの根本的な不良もあるかもしれませんが、名のあるメーカーが製作した現代のギターでは、そのような可能性は極めて低いと考えてよいと思います。
元起きの症状と原因をご理解頂けましたら、症状の軽い順で対処方法をご紹介いたします。
①元起きの傾向がある大半の個体は、軽微な症状なので14フレット以降のフレットを擦り合わせで改善できます。
②フレットの高さを削るだけでは吸収しきれない元起きが目立つ個体であっても、フレットを抜いて指板を平らに削り、再度フレットを打ち込むことで改善できます。
③それでも間に合わないような元起きの症状に出会うことは殆どありませんが、その場合はネック角度のリセットを検討することになると思います。
今回は②の、指板を削って元起きを改善する作業の様子をご覧頂きます。
同じような問題にお悩みの方の手助けになりましたら幸いです。